コウボウフデの文献紹介

…千葉菌類談話会通信vol.20(2003)に掲載した文章を,一部修正したもの.コウボウフデは従来担子菌とされてきたが,最近,子嚢菌であることが判明し,学名は,2003年に変更された.


 コウボウフデPseudotulostoma japonicum Asai, H. Sato & T. Naraは,福島県白河市飯沢の雑木林内で,齋藤知賢氏が1934年に採集した5つの標本と, 1941年に茨城県大子町三箇ノ掛で谷田部武雄氏が採集した10数点の標本を元に川村清一博士によって記載された,今のところ日本特産のきのこです.当時は担子菌類のケシボウズタケ科Tulostomataceaeに属するDictyocephalos japonicus Kawam.として発表されましたが,その後大谷吉雄博士によりBattarrea属に編入されました.さらにその後,きのこのアマチュア研究者である浅井郁夫氏,佐藤浩氏,奈良俊彦氏らによって,本種は担子菌類ではなく,実は子嚢菌類の一種であることが確認され,福島県川内村産の標本に基づき,2003年にBattarrea属からPseudotulostoma属に編入されています.さて,最近,筑波大学地球科学系助手の菊池芳文博士から,コウボウフデに関する興味深い文献をいただいたので,紹介します.

 いただいた文献は「珍菌コウボウフデについて」という小論で,茨城県立大子第一高等学校紀要1: 5-12(1969)に掲載されたものです.著者はコウボウフデのタイプ標本を発見された,同校教諭(当時)の谷田部武雄氏で,文献では,コウボウフデ発見の経緯,川村博士から谷田部氏に寄せられた同定結果に関する手紙,発生地の環境と生態,形態的特徴,について触れられています.文献に述べられているコウボウフデの発見の経緯をまとめると,1941年10月に谷田部氏が茨城県大子町三箇ノ掛の雑木林で異様なきのこを発見し,同月16日に水戸市で開かれた茨城博物同好会主催の菌類研究会に標本を持参し,講師の川村博士に同定を依頼した,ということのようです.そして,コウボウフデの標本を見た川村博士の様子を,次のように記しています.

 「川村先生も異様に驚いた様子で,その姿が今でもわたしの眼底に残っている.(川村先生は)じっと見つめていたが,これは珍品中の珍品である,と言っただけで多くを語らず,標本として持参のもの全部を研究室に,と所望された.それから後,再度問い合わせや指導の文通があり,資料を提供したわけである.これは珍しい!!とは思ったが,世界の稀菌とは夢にも思っていなかったので,あのときの川村博士の報告はうれしく忘れることができない」

 さらに文献には,後日,川村博士から谷田部氏宛に寄せられた,コウボウフデの同定結果に関する2通の手紙の全文が掲載されています.昔の菌学者も地味なきのこの同定をめぐって苦労していたんだな,ということが理解できる,興味深い内容ですので,以下に手紙の全文を引用します.なお,この文献の入手をご希望の方は,筆者宛にご連絡いただければ,コピーをお送りします.

手紙その1
 拝呈,珍菌弘法筆三個を発生場所の腐植を附したる儘御送付被下実地を踏査致さざるもお陰様にてその生態を知る事を得欣ばしく御厚情奉拝謝候.此菌は世界に既知のものは同族のもの有れど種を異にする特徴歴然たるものあり,かって福島県側で採れし只1個体の採集品ではそれを決定致すに躊躇致し居候処先日水戸にて頂戴致せし品及び今回御恵贈のものにより愈確実と相成候間目下執筆中の明年秋迄には上梓をと急ぎ居候拙著菌類図鑑(仮称)に加へ図示可致候.福島県側にて採れしものを写生致置きその図は既に自然大,着色図版に製済なるにより拙著にはその図を示し解説可致候.解説は新種菌の事なれば欧文邦文両方にて可致候.福島側にて採れし標本は粘土色勝のものにて脚苞は淡橙黄色にして,茎も粘土色を帯びる標本のみ数個ありたれども,真殿御採集のものにより脚苞以外の部分は幾分藍色を帯びることを知り申候.共旨解説に詳記可致候.
 尚,本菌の形態につき最も大切なるは頭部が老熟して綿毛状に化する前の形は如何なるや,今まで見たる標本につきては何とも想像つかず,かねて真の形態を承知致度切望致居候処御恵贈の写真に依り廓大鏡をもって検し候処,形に円筒状で表面平滑の様に見え申候処その内には剥又膜状をなさず自然に綿毛状のものと変じ候哉.その辺実地御観察相成し点をお洩し被下ば幸甚の至に存候.円筒のまま左様の状態で止まりし標本は御採集御所持なきや新たなる種属として発表する為その点も誤り無き様に記述致度念願致候.
 尚,本菌の分類上の所属は左の通りに御座候,
    Basidiomycetes  担子菌門
    Autobasidiomycetes  同節担子菌目
    Sclerodermatineae  偽松露亜目
    Tulostomataceae  ケシボウズタケ科
    Battarrea 属  コウボウフデ属
    Battarrea japonics (新種)コウボウフデ
 本菌属のものは世界に於ても種類多からず我邦においては他に種類なく本菌一種のみに候.右御礼申述度如斯御座候  以上
    昭和16年12月6日

手紙その2
 拝呈,珍菌弘法筆に関し先日は発生の儘を働き採りたる生態を明示する標本を御恵贈被下又御恵投の写真に依り菌体頭部は最初は球状なることを知り愈本菌につき詳しく承知致すことを得欣び居候.その後あらゆる外国の文献を探求致したる結果頭部内の造子体の構造,胞子等顕微鏡性質に就てさきに同定致置たる菌属Battarrea属のものに非ずして愈珍奇なるヂクセオセハアロス属のものにして日本新産のものたるに確定し新学名をDictyocephalos japonicus Kawam.と命じ今日新種発表の英文記載を完了し次に最も詳細なる記事を以て本菌を世に紹介せんとして只今日本大菌類図譜の原稿を央ば執筆致候.元来本菌は初めよりかかる乾燥品には非ずあたかもキツネノチャブクロ等の如く初めは軟らかき多少水分を含めるものたるは想像に難からず又脚苞内には菌体伸上り発生の際までは多少憲天様物質が脚苞と茎との間に存在せしならんと想はれ候.これらの点については次目採集の幼き菌体の御恵贈を受ける際までは未定に致し置き候.
 次に本菌所属の菌属ヂクセオセハアロスに就いて申上候.この菌属には種類は唯一種のみ今日まで知られておりその学名はDictyocephalos curvatus Underwoodと申す北米産のものに候.今を去る44年の昔,E.Bethelという人がこれをコロラド州コロロー村と言うアルカリ土壌の荒地で数個を採集(そのうち大なるは35cmの長さあり)ことごとくアンダーウッド教授に送り同教授が4年後に前記の学名を作り,学名のcurvatusは曲れるを意味する語でその標本が大概半円状に曲れるよりかかる名を与えて新種の発表を米国のトルレー植物学クラブ紀要第28巻441頁以下に記述せしにより世界に紹介せられその標本は現在北米合衆国ニューヨーク植物園内標本館内に蔵せられている.その菌の採集はその前後今日までほかに採集せられざる珍菌にて小生は我日本産のものも最初はそれと同一種かと思いしことあり,その後バッタリア属に近き点をもってこの属といたすことにし更に顕微鏡性質等により愈々米国産の一属一種なるヂクセオセハアロス属の別種菌と確定したる次第に御座候.この米国産のものは頭部の殻皮厚きがため殻皮が脱離去りたる痕にカラーの如き膜が残って茎の上端に存する特徴ありその胞子の大きさ経5-6μなるに対し日本産のものは8-9μにて,はるかに大形に候.即ち本菌属のものは四十年の昔発表されし北米コロラド州産の稀菌一種のほかに地球の反対側なる日本で,福島県茨城県両地で県界に近い地方の二箇所で採れし稀菌弘法筆と唯二種有ることに相なり候.弘法筆の新しきものは皆藍色を帯び居り候がこれは新しきものが然る色を呈し年月を経るにつれ藍色がさめ鼠色となることと思はれ候.白色紙上に落したる胞子粉の色も茨城県のものは鼠色,福島県のものは淡褐色を呈し候.白河中学校齋藤知賢氏から昭和10年6月に送られたるものはいつ頃の採集品なるか問合せ中にて候.たぶん前年に他の人が採りしものと思はれ候.先は右迄.
                                      匁々
  昭和16年12月18日


2003.12.27, 2004.7.13 T. Kasuya

前に戻る